発起人が初めて板に乗ったのは、2026年2月。40歳、子どもと一緒だった。
衝撃だった。パークの空気、カルチャー、そして「滑る場所がない」というスケートボードの置かれた状況まで——そのすべてが、自分の性格とものすごい勢いで噛み合った。40年生きてきて、こんな出会い方があるのかと思った。
生きづらさを抱えていた時期、支えになったのはYEGという場所と仲間だった。その恩と、40歳で食らったこの衝撃を掛け合わせる。始めたばかりの初心者が発起人でいい。板の上では、昨日できなかったことが今日できる。それだけのことが、人を立て直す。
これは、自信と仲間を取り戻すための部活だ。誰かを救ってやろうなんて思っていない。板とパークが、勝手にそれをやってくれる。この部活は、その入口と場所を、全国のYEGネットワークで増やしていく。
五輪の正式種目になり、人気は上がる一方。なのに、合法的に練習できるスケートパークは圧倒的に足りない。整備されても郊外でアクセスが悪く、機能しないことも多い。
公園や街で滑れば施設を傷つけると嫌われる。乗る場所がないから、違法な場所で練習せざるを得ない。私設セクションが撤去される「いたちごっこ」が各地で起きている。
構造的な問題のせいで、スケートボードそのものにネガティブなイメージがつく。それがさらに普及を妨げる。悪循環はスケーターのせいじゃない。
2026年4月、掲示板への一枚の投稿から始まった。3ヶ月で7県・8人。発起人が各地の仲間を一人ずつ訪ねる「全国巡回」も始動している。地図の朱いラインは、これから増えていく。
構想を言語化し、最初の仲間を集める。掲示板「エンジェルタッチ」での呼びかけから始まり、2026年6月18日に第1回キックオフを開催。三重・滋賀・愛知・埼玉・新潟・福井、そして福岡へ輪が広がった。
小規模な体験会と交流会で、活動の価値を証明する。参加者の声を記録して発信し、他地域のYEGへ声をかけていく。目標は体験会2回以上、参加単会3以上、協賛企業1社。
年1回の全国交流イベントを立ち上げ、運営チーム10名体制へ。全国の練習場所・パーク情報をデータベース化し、行政・関係団体との連携を始める。
法務・建築・資金・運営のエキスパートを集めた「スーパーサポートチーム」を結成。「パークを作りたい」地域の相談窓口となり、誘致をコンサルティングする。発起人のYEG卒業後も続く仕組みを残す。
下水道インフラの会社の取締役。2026年2月、子どもと一緒に板に乗ったのが全ての始まり。
近江牛専門店の5代目候補。スケート歴10年超、400日連続滑走の男。
看板店経営。中学から板に乗る元ガチ勢。日本YEG広報DXにも出向中。
不動産業。スケート未経験、まちづくり枠。学生1,624人アンケートを自力で実施。
本人はスノーボーダー、子どもがスケーター。親の目線で場所の問題を考える。
「奥越スケーターズ」主宰。大野市初の屋内練習場を実際に回している実務家。
河原田スケートパークの造成者。協会設立の実績を持つ、三重シーンのキーパーソン。
250坪の室内パークを自ら建てて10年経営した男。九州初の仲間。
全国のYEG会員なら誰でも。スケート歴も年齢も問わない。未経験のメンバーも普通にいる。板に乗る人も、場所づくりを考えたい人も、ただ面白そうだと思った人も。
日本YEGの掲示板「エンジェルタッチ」に本部活のスレッドがあります。「スケートボード部」で検索して、一言書き込めばOK。
上のCREWにいる単会のメンバーと知り合いなら、声をかけてください。そのままLINEグループに繋ぎます。